心をすり減らさずに働き続けるコツは、「自分の代わりはいくらでもいる」と思うこと

シバサキ
シバサキ

1年で資料請求数を7倍に!小さな企業の集客をサポートする、シバサキカホです。
実際に問合せ数を増やしたOL時代の経験を元に、一人広報さんの支援をしています。

「私がやらなきゃ、回らない」
そう思って、無意識のうちに肩に力が入っていませんか。

一人広報として働いていると、企画も、発信も、数字の管理も、調整も、すべて自分のところに集まってきます。
誰かに代わってもらうことも難しく、休むことすら気が引けてしまう日もあるかもしれません。

責任感がある人ほど、
「自分が抜けたらどうなるだろう」
「迷惑をかけてしまうかもしれない」
そんな不安を抱えながら、無理を重ねてしまいがちです。

でも、心をすり減らしながら働き続ける必要はありません。
実は、少し楽になる考え方があります。

シバサキ
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それは、いい意味で「自分の代わりはいくらでもいる」と思うことです。

それは決して、自分を軽く見ることでも、仕事を投げ出すことでもありません。
むしろ、長く、健やかに働き続けるために必要な視点です。

この記事では、なぜこの考え方が心を軽くしてくれるのか、
そして、責任感の強い一人広報ほど陥りやすい思い込みについて、丁寧に整理していきます。

 

「自分の代わりはいない」という考えが生む苦しさ

「私がやらなきゃ、この仕事は回らない」
そんな思いを抱えながら働いていると、心はなかなか休まりません。

常に気が抜けず、少しでも手を止めると置いていかれるような感覚になる。
休みの日でも頭のどこかで仕事のことが離れず、「何か起きていないだろうか」と無意識に気を張ってしまう。

実際、私の知り合いにも、休みの日であっても常にメールをチェックしている人がいました。

最初は、「責任感が強い人なんだな」と思っていたのですが、それが続くうちに、「休みの日でも連絡がつく人」として認識されるようになっていきました。

シバサキ
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すると当然のように、休日にもお客さんからメールが届くようになります。

本人もそれに応え続け、気づけば残業時間はどんどん増え、心も体も限界に近づいていきました。
口癖は、「自分がいないと回らないから」。

でも、冷静に見てみると、その状況は「必要とされている」というより、都合よく頼られる形が定着してしまっただけだったように思います。

 

また、「自分の代わりはいない」と思っていると、小さな失敗さえも、過剰に重く受け止めてしまいます。

例えばSNSの投稿が、思ったより数字が伸びなかった。
反応が思ったより悪かった。

それだけで、「取り返しのつかないことをしてしまった」「信頼を失ったかもしれない」と、必要以上に自分を追い詰めてしまうのです。

シバサキ
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さらに、この考え方は、仕事と自分の価値を強く結びつけてしまいます。

うまくいったときは、少し安心できる。
でも、結果が出なかった瞬間に、
「自分は役に立っていないのではないか」
「ここにいる意味がないのではないか」
と感じてしまう。

その背景にあるのは、「必要とされる存在でいたい」という、とても自然な気持ちです。

けれど、その想いが強くなりすぎると、「代わりがいない自分」でい続けようとして、無理を重ね、手放せなくなってしまいます。

本当は、大事にされたい気持ちが悪いわけではありません。
ただ、それが「自分が壊れるまで頑張らなきゃ」という思い込みに変わってしまうと、心をすり減らす原因になってしまうのです。

 

いい意味で「代わりはいくらでもいる」とはどういうことか

「自分の代わりはいくらでもいる」と聞くと、どこか冷たく感じたり、
「自分は不要なのかもしれない」と不安になる人もいるかもしれません。

でも、ここで言う「代わりがいる」とは、あなたの存在や価値を軽く見るという意味ではありません。

仕事というのは、本来、特定の個人ではなく、仕組みで回るものです。
誰かが休んでも、誰かが入れ替わっても、最低限は続いていく。
そうなっているからこそ、社会は成り立っています。

シバサキ
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けれど現実には、「自分がいないと回らない」と思い込んでしまうことがあります。

 

実際、私の知っている人もそうでした。
先ほど例に挙げた彼女はよく、「自分がいないと回らないから」と口にしていました。

けれどよく見てみると…
  • その人しか知らないIDやパスワード
  • その人の個人アドレスにしか届かないクライアント連絡
  • 引き継ぎがされていない業務フロー

といったように、「その人しか対応できない状態」が意図せず積み重なっていたのです。

その結果、「いなくなったら困る人」になっていました。
でもそれは、必要不可欠だったというより、そうならざるを得ない形に“仕向けられていた”状態でした。

 

実際、冠婚葬祭でその人が数日休んだとき。
たった三日、有給を使っただけで現場は混乱し、連絡が滞り、お客様からは「どうして分からないんだ」という声が上がりました。

でもそれは、誰かのせいではありません。
誰かが休んだだけで回らなくなる仕組み自体が、すでに危ういのです。

シバサキ
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まあ実際は「共有してください」と頼んでもかたくなに「自分がやるから」と情報を一人で握りしめた彼女と、それを止めなかった上長が悪いのですが…。

「代わりはいくらでもいる」と思えることは、自分を軽く見ることではありません。

  • 仕事を属人化させすぎない
  • 誰か一人に負荷を集中させない
  • 自分が休んでも大丈夫な状態をつくる

これらは、自分を守るための視点です。

「自分を大切にすること」と「仕事を大事にすること」は、矛盾しません。
むしろ、代わりがきく前提で仕事を考えられる人ほど、長く、健やかに働き続けることができるのです。

 

ひとりで抱え込まないための考え方

ひとりで仕事を抱え込まないために大切なのは、「自分が抜けても回る前提」で仕事を整えていくことです。

それは、責任を放棄することでも、手を抜くことでもありません。
長く働き続けるためには必ず必要な工夫です。

  • 業務の流れを言葉や資料に残す
  • 判断基準や過去の経緯を共有する
  • 誰かに任せる前提で進め方を考える

こうしたことは、一見遠回りに見えます。
けれど、属人化を防ぎ、自分が休んだときにも仕事が止まらない状態をつくるために必要なこと。

「任せる」「手放す」というのは、何もしないことではありません。
チームとして仕事を回す選択です。

 

私の知っている彼女の場合、
周囲が手伝おうとしても、
「私がやるから」
「私が一番分かっているから」
と、すべてを自分で抱え込んでしまっていました。

本人は「お客様から頼られている」と感じていたのかもしれません。
でもその結果、会社を“チーム”として捉えることができず、ひとりで突っ走る状態になってしまっていたのです。

  • 仕事が常に属人化している
  • 誰かが休むと空気が悪くなる
  • 代替案やフォロー体制が用意されていない


そんな状態が当たり前になっているなら、それはあなたの能力不足ではありません。

シバサキ
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環境の問題です。

 

先ほどの彼女も、「社内の人ではなく、社外の人を仲間だと思っていた」結果、都合よく使われてしまっていました。

冠婚葬祭で休みを取ったときでさえ新幹線の中にいる彼女に電話がかかってくる。
それが「当たり前」になっていたのです。

本来なら、会社の中に頼れる人がいて、「今は休んでいい」とフォローできたはずでした。
お客様から電話がかかってきても、社内で共有されていればいくらでも支え合えたはずなのです。

「代わりがいない」と感じる苦しさは、あなたの頑張りが足りないから生まれるものではありません。
誰か一人に依存する構造の中で、無理を強いられているだけです。

そうした環境では、どれだけ誠実に働いても、消耗するスピードのほうが早くなってしまいます。

 

自分を守るために、少し肩の力を抜こう

あなたがいなくなっても、仕事は回ります。
それは、あなたが不要だという意味ではありません。

シバサキ
シバサキ

仕事は、本来、誰か一人が無理をして支え続けるものではなく、人が入れ替わっても続いていくようにつくられるものです。

あなたが一歩引いても、休んでも、誰かに任せても、すべてが崩れてしまうわけではありません。

そして、あなたがこれまで積み上げてきたものが消えることはありません。

考えてきたこと。
工夫してきたこと。
悩みながら積み重ねてきた経験。

それらは、誰かに代わられたとしても、確かに残っています。

「代わりがいる」と思えるからこそ、人は無理をしすぎずに、続けることができます。

「私がいなきゃダメ」
そう思い込んでしまうほど、あなたはきっと、真面目で責任感が強い人です。

でも、その思い込みから少し自由になってもいい。
肩の力を抜いて働くことは、逃げでも、甘えでもありません。

シバサキ
シバサキ

自分を守ることは、長く、誠実に働き続けるための選択です。

どうか、あなた自身をすり減らさない働き方を、選んであげてくださいね。

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